わたしの暮らし

おばあちゃん(姑94歳)脳出血から34年、認知症(ピック+後にレビーの混合型)歴32年。実家の母は11年前にアルツハイマー発覚。  嵐のような時を経て、今は穏やかなわたしの暮らしです。

かいごエッセイ

「かいごの学校」2006年10月号(2006.9.16発売)に、私のエッセイを載せていただきました。
出版社編集部さまのご了解を得ましたので、ここに転載し、我が家の介護の経緯や、私の思いを紹介したいと思います。
(なお、紙面では実名を公表いたしましたが、ここではケメコとさせていただきます。)

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 私たちの「育児と介護」奮闘記⑨
孫育てと介護の「新たな両立」を楽しむ
                    ハンドルネーム「ケメコ」さん(52歳)
一番つらかったのは終日徘徊していた頃
 義母(83歳、要介護3で認知症)が脳出血で倒れたのは、23年前。兼業農家に嫁いで7年目、3人の息子たちはまだ1歳、3歳、5歳の頃でした。
 体にマヒこそ残らなかったものの、ほどなく始まった認知症の「徘徊」。62歳と若く体力のある人の徘徊は凄まじいものでした。7人家族分の家事と3人の幼い子がいる暮らしでは、いつも義母について歩いてあげるわけにもいきません。私の頭の中には「ストップウッチ」があって、義母が出かけた時間にON、帰った時間にOFFと繰り返し、30分たっても帰らないと探しに外に飛び出したものです。
 今振り返れば、「1日でいいから、仕事を休んでお義母さんを見て」と義父や夫に言えばよかったのに、育児も介護も自分の役目と思い込んでいました。そのために神経は極限まですり減り、「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの。あの時、義母の命が助かりさえしなければ」と、決して思ってはいけないことまで…。介護疲れで心中する人に心底共感でき、昔は本当に「姥捨山」というものがあったに違いない、とも…。
 その実、ひそかに「末っ子が学校にあがって楽になるまで、あと3年がんばろう。だいたい義母が、こんな状態でそんなに生きられるはずがない」と、恐ろしくも勝手に心に区切りをつけてしまいました。もちろん誰にも言えないことでしたが、それで何かが吹っ切れ、がんばる勇気が再びわいてきたのです。
 結局、予想は外れたものの、徘徊は3年弱で治まって、認知症の周辺症状がさらに現れた時も「一番大変だった徘徊の頃よりマシ」と、当時を思い出しては我慢できるようになりました。
 その後、働き者で病気知らずだった義父が、膠原病とがんを発症してからは、家に認知症の義母を置いて病院と家を車で往復しつつ、義父がやっていた農作業も夫と引き受け、休む暇もない日々が続きました。地域に根付いた在宅医療が、3年半にわたる義父の闘病と終末期を支えてくれて、最後は自宅で、子どもたちが「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼びかけるなか、静かに看取ることができました。

息子の不登校に寄り添い命のいとおしさを再確認
「介護をしていても家庭は明るく」と努めた子育てだったのに、三男は中学にあがってまもなく不登校になり、それは2年半続きました。私は母親としての自分を責め、生きてゆくことさえ苦しく思う時もありました。
 そんな私を救ってくれたのは、同じ境遇の親の会です。「原因探しをしないこと。ありのままを受け止め、寄り添い見守り、大丈夫と信じること」。そして合言葉は「がんばらない」でした。確かに、それまでの私は、よき母・妻・嫁になろうと、「かくあるべし」にとらわれて我慢をし、がんばりすぎ、結果的にこどもたちにも我慢をしいていました。
 不登校だった三男が、志望高校に合格して元気を取り戻すまでの期間は、苦しい半面、本当にいい経験をさせてもらったと思っています。学校に行く行かない以前に、この子がこの世にいてくれる、それだけでいいと思えるようになったのです。それは、義母を受容することにも結びつきました。介護をしながら、実父や義父、祖母ら身近な人を相次いで見送ったことも相まって、「命はいただいているもの。生きていることはいとおしい」と、心から実感するようになりました。
 さらにうれしいことに、昨年、長男夫婦に子どもが生まれました。幸い義母の体調が良く、介護が前ほど苦にならないので、時折孫の子守を頼まれて、新たな「育児と介護の両立」を穏やかに楽しんでいます。
 今は介護サービスも整い、孤軍奮闘しなくてもよくなりました。これからは周囲の助けを借りながら、義母が天寿をまっとうするまで、気負わず家族で見守って生きたいと思っています。

繋句  重ねる手 命のぬくもり いとおしく  ケメコ
*繋句(けいく):前の句の一部を詠んで繋(つな)げる言葉遊び。同会では育児と介護をテーマにリレー中。

育児と介護の両立を考える会
「育児と介護の両方が重なる人同士で、情報や悩みを共有する仲間づくり」の場として、2003年に誕生。男女20~60代と幅広く、現役生も卒業生も含めて全国に300人以上の会員がいる。
http://www13.plala.or.jp/ikujitokaigo/
 

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今から22年前の写真です。もう時効だと思うのでブログでも公表します。義母が62歳の時です。左から三男2歳、長男6歳、次男4歳。

手術の際は丸刈りにした髪もこんなに伸びました。しかし、すでに認知症が始まっていたと思われます。怒りっぽくて表情から笑みがなくなっていました。以前とは違う義母の様子に不安を覚え、この写真を撮る2ヶ月前には検査を受けさせたのですが、「どこにも異状がみられません。」という結果でした。当時の医療では、いたしかたなかったと思います。

なお義母は、この記事を掲載後誕生日を迎え、現在84歳になりました。
認知症は進んでいるものの、穏やかな生活を送っています。

実は… という、掲載裏話 [かいごエッセイ]の続きを読む
  1. 2006/10/28(土) 14:27:29|
  2. 「かいごの学校」掲載エッセイ(体験記)
  3. | コメント:13

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